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松山地方裁判所 昭和44年(ワ)582号 判決 1975年3月27日

原告 松山民主商工会 ほか三二五名

被告 国

訴訟代理人 篠原一幸 中野大 岩部承志 西岡清文 岩田泰雄 ほか四名

主文

1  原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  請求原因1のうち、原告松山民主商工会が昭和四四年九月二八日三津浜商工協同組合、中予民主商工会および松山商工事務協同組合の三団体が合併して成立したものであることは当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠省略>により認められる。

二  (原告らの自主申告権侵害の主張について)

<証拠省略>を総合する(一部に争いのない事実を含む)と、

1  原告らを含めて松山民商会員約一、〇〇〇名は、昭和四四年三月一二日午後一時から、松山市堀之内所在め松山市民会館において、自主申告貫徹決起大会を開き、午後二時四〇分ころ、全員が集団的に昭和四三年分の所得税等を自主申告しようとして、同所から数百メートル離れたところにある松山税務署に向つて集団行進を始めたこと。

2  同人らのうち約半数以上の者は、同日確定申告をする義務もまたその意思もなかつた者であつて、右集団行進自体ほぼ三列縦隊で各隊列ごとに統率者がいて比較的統制がとれていたが、なかには鉢巻をしたり、プラカードを持参した者もあり、右行進は、松山税務署に対する示威もしくは同署のこれまでの税務行政に対する抗議の目的をもあわせ有していたこと。

3  ところで、リーダー格の二〇人前後の先発隊は、一般の集団より一足先に到着したが、松山税務署側は、右先発隊および集団の先頭が庁舎のほうに向かつて来ることを見届けるやいなや、正面玄関の二重のガラス扉のうち内側の扉を締め切り、その背後にロツカー、机、椅子等を積み上げ、さらにこれを棒と衝立てで支え、庁舎北西側にある裏門には有刺鉄線を巻きつけた鉄柵で締め切り、その背後の広場には大型バス二台を配置し、庁舎正面左端にある運動場への入口門および正門ほぼ中央部の自転車置場に至る通用門を鉄扉で閉ざし、庁舎内にはどこからも自由に出入りができないようにしたほか、正面玄関入口付近に「お知らせ。来署の皆さまにお願いします。混乱しますので玄関を閉鎖します。ご迷惑をかけますが、ご了承下さい。昭和四四年三月一二日。松山税務署長」と書いた貼紙をし、裏門鉄棚には「表玄関にお廻り下さい」と書いた案内を掲げたこと。

4  税務署側が右のような措置をとつたのは、民商のほうで前日一、〇〇〇名以上の規模による自主申告貫徹決起大会を開くので広く市民の参加を呼びかける等の宣伝飛行をしたりしていたので、当日の行動を予知し、予め十分な対策を練つたうえでのことであるが、当日は三月一五日の所得税確定申告期限の直前にあたり、民商会員以外の一般納税者の来署も多数にのぼり事務も多忙であつたところから、このようなところへ民商会員が一度に一、〇〇〇名以上の規模で集団申告に来庁すれば、庁舎内は混乱し、事務に支障を来たすことは必定で、しかも群集心理のおもむくところ不測の事態も発生しかねないから、庁舎管理上やむをえないと判断したためであること。

5  税務署側が右のような判断をなすに至つたのは、民商会員らは、前年の申告期限直前の昭和四三年三月一一日にも、その六十数名が松山税務署を訪れ、署長に面会を求めたので、総務課長らが庁舎内で応待すると、多数の者が次々に「署長に会わせろ」とか「われわれ小企業者をいじめるな」などといつて机をたたき、はては総務課長の小指を突くなどして、集団で税務行政に対する抗議を繰り返し、二時間余にわたつて庁舎内が騒然となつたことがあり、また翌三月一二日から一五日まで連日民商会員一〇名ないし二十数名が集団で来訪して来て、同様のことを繰り返したようなことがあつたため、今年も右のような税務行政の抗議や集団申告といつた形で一、〇〇〇名もの民商会員が訪れると、不測の事態が起こる可能性があると懸念されたことによるものであること。

6  税務署側は、前記のように、庁舎事務室内への自由な出入りは遮断したが、表玄関北側にある受付の窓口に、「窓口」と大書して「確定申告書ご提出窓口」と貼紙をし、同所で総務課長、間税課長、管理課長、総務係長、数名の所得税係員が待機し、その窓口で所得税確定申告書の受領手続をとる態勢を整えたこと。

7  ところで、前記の先頭グループの集団が庁舎正面玄関の土間にはいつて来たので、税務署側は総務課長が責任者となつて受付より応待したが、先頭グループの者たちは正面玄関内扉が閉鎖されているのを見て、口々に「内扉を閉めた理由をいえ」とか、「署長に会わせろ」、「どこで受理するのか」とか、「確定申告書を持つて来たのになぜ事務室へ入れないのか」などと激しく抗議したので、総務課長らは「確定申告書はこの受付で受理するから出してほしい」、「一度に大勢の者を事務室へ入れると混乱するので、ここで受理することにした」とか「署長は会わない」と再三にわたつて応答したこと。

8  右のような問答が受付と土間の間で約三〇分にわたつて交わされたが、その間に約一、〇〇〇名に近い民商会員が続々と松山税務署へ向つて集団行進をし、その周辺は民商会員が多数雪のなかにたむろする形となり、ときには野次や怒号も入り混つて騒々しい雰囲気となつたこと。

9  その間に、民商会員らは、一方で、県会議員とともに行政監察局へ指導の要請に赴いたり、記者クラブヘアピールしたり、通りがかりのパトロールカーに内扉閉鎖を解くように要請したりしていが、そのうちに、民商代表者と税務署側とが庁内事務室で話合うことで意見が一致し、午後三時二五分ζろから、民商側代表者三名と税務署側の総務課長や所得税第一課長らとが事務室で話し合つたこと。

10  ここでも、内扉閉鎖に対する民商会員らの抗議が中心であつたが、ともかく原告らが持参して来た確定申告手続をとることでは双方の意見に喰い違いはなかつたため、その方法について協議したところ、民商の側でその会員申告者をいくつかのグループに分け、各グループごとにその代表者が申告書を取りまとめ、各代表者が一〇名ぐらいずつ事務室内へはいつて、同所で申告書を渡して受領印を受け取るという万法によることとし、三〇名前後の税金納付者については、その本人が一人ひとり事務室にはいつて納税手続をすることとなつたこと。

11  そこで、午後四時すぎころから、右協議方法どおり順次確定申告書の提出および納税の手続が進行し、午後玉時すぎころには右手続が終了したこと。

12  ところで、当日は、松山税務署の一階事務室では民商会員以外の一般納税者の申告と納税相談が行なわれており、原告ら民商の集団行進が庁舎前に到着した午後三時五〇分ころにも六〇名くらいが納税相談を受けており、待合室にも納税相談と申告の順番を待つ人が六、七十名はいて、同人らがすべてその手続を終えたのは午後五時ころであつて、同人らは署員の誘導で裏門から庁外へ出たこと。

13  庁舎内の事務室は、同時に六〇名の納税相談をするのがやつとの広さであり、待合室等もせいぜい一〇〇名前後が限度であつて、庁舎内は一度にそれ以上の者を入れることは物理的にもできない状況であつたこと。

以上の事実が認められ、右認定に反しもしくはその趣旨に適合しない<証拠省略>は、前掲証拠と対比しにわかに措信できない。

右のような当日までの原告ら皆商会員の言動、当日における原告ら集団行進の規模とその性格、当日の事務室内の執務の状況および庁舎の規模等に照せば、松山税務当局が原告ら民商会員の集団をそのまま事務室内へ入れて集団申告をさせると不測の事態も起りかねないと判断して、庁舎正面内扉を一時的に閉鎖し、事務室内での集団申告の受理を一時断つたのは真にやむをえない防護的措置であつて、その庁舎管理権に基づく相当な行為であつたというべきである。

してみれば、原告らの主張する「自主申告権」なるものを法的にどのようなものと理解するにせよ、松山税務当局の右公権力の行使に違法な点は存しないのであるから、右行為をもつて原告らの自主申告権の侵害だとする原告らの主張は採用できない。

三  (原告らの質問検査権違法行使の主張について)

原告らは税務職員による所得税等にかかる所得の申告前の事前調査は、所得税法二三四条等の定める要件を欠いており違法であると主張する。

しかしながら、税務職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると認められるときは、暦年終了前または確定申告期間経過前であつても、質問検査権を行使することができることは既に最高裁判所が判示しているとおり(第三小法廷昭和四五年(あ)第二、三三九号所得税法違反被告事件昭和四八年七月一〇日決定)であつて、原告らの主張する事前調査が右の必要性に欠けていたとの立証もないから、所論は採用できない。

また、原告らは、事後調査について、銀行や得意先に対する質問検査権の濫用を主張するが、銀行や得意先に対する反面調査自体、税務職員によつて客観的にその必要性があると認められるかぎり、相当な範囲内においてこれをなすことは法の許容するところであり、原告らが具体的に述べている原告岡本の場合についてみると、たといその主張どおりの立証ができたとしても、右の必要性がない場合にあたるものとみることは困難である。また、仮りに反面調査の際の言葉のやりとりで多少の行き過ぎがあつたとしても、それによつて質問検査権の行使自体が濫用となるわけではない。

その他、原告のこの点に関する主張は多岐にわたるが、いずれも抽象的で、税務当局の質問検査権の行使一般を独自の見解に立脚して論難しているにすぎず、損害賠償請求権の発生する具体的事実を主張していないので、これ以上判断の要なきものである。

四  (原告らの海運業者に関する主張について)

まず、質問検査権の違法行使の主張については前項と同様であり、個別的に述べている原告堀内以下四名の事実も、これを違法性があると認めるに足りる的確な証拠はなく、他に松山税務当局の公権力の行使に違法があつたと推認しうべき事実は見当らない。

次に、解撤船通達秘匿の主張について検討するに、<証拠省略>ならびに弁論の全趣旨を総合すると、「内航船舶の解撤等により収入する船腹調整交付金等の法人税および所得税の取扱いについて」と題する昭和四三年一二月二七日付国税庁長官通達(直審(法)九八(例規)直審(所」五八)が出され、右通達は昭和四四年二月一五日に松山税務署に到達したこと、右通達は新造船のための解撤船等の取得費を従来の法定償却の方法によることなくいわゆる営業権として任意償却の方法による経理を認めたことなどを内容とするものであること、同年二月一五日ころ原告松山民商の県連事務局長出口稔と原告宮川康が松山税務署を訪れて、三好所得税第一課長に対しそのころ既に税理士業界の市販雑誌に掲載されていた右通達(公開通達)を示して、右通達について質問したところ、右課長は部下に右通達の所在を尋ねて初めて右通達の存在を知つたので、早速右通達の内容を読みあげて両名に対し簡単な説明をしたこと、これに対し右両名から、原告ら海運業者の解撤船の取得価格を右通達どおり営業権の一部として評価せよ等の要求が出されたので、右課長は、右通達に従つて本人が償却方法を法定償却から任意償却に変更する旨の届けを出せばよい等と回答し、さらに両名が区分経理の点について質問したので、区分経理が明確になつていることが前提条件となる旨回答したこと、原告ら海運業者のうち昭和四三年分の所得申告につき右通達に従つた償却方法がとれない者が多かつたが、これは帳簿の整理が不十分で右区分経理がなされていなかつたことによるものであること、また、原告早瀬は償却方法の変更につきその手続を怠つていたことが認められ、右認定に反する<証拠省略>は、前掲証拠に照し措信できない。

右事実によれば、三好所得税一課長は、原告宮川らに対し、右通達の在存を告知し、その内容を説明しているのであるから、これを秘匿した事実はないものというべく、これによつて損害の発生する余地のないものである。結局、この点についても、松山税務当局の公権力の行使に違法があるということはできない。

五  (まとめ)

以上の次第で、その余の主張について判断するまでもなく、原告らの本訴請求はいずれもその理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺一雄 早川律三郎 榊五十郎)

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